「スポーツがある人生の楽しさ」を






 エ ー ル イ ン タ ビ ュ ー : アトランタ五輪 女子バスケット日本代表 / 「ボールであそぼう」マイスター1号
                                                     岩屋 睦子


   要所要所で大事な仕事してベンチに戻る。
   そんなスタイルのベテラン選手が海外にはすごくたくさん居る。


内藤 シャンソンでは何年続けられたんですか?
 
岩屋 10年ちょっと。国内で9連覇して、シドニーオリンピック予選で負けて、引退。
今思えばその4年前のアトランタオリンピックの頃が自分の中ではピークだったと思いますが、シドニー予選まで私を必要としてもらえたということは幸せなことでもありますね。
 
内藤 アトランタオリンピックはいかがでしたか?
 
岩屋 オリンピックは世界の祭典と言うだけあって、やはり何もかも素晴らしかったです。
そして、世界の選手をみると年齢層が高いってことを実感しました。
フルタイムでプレイするわけじゃなく、要所要所で大事な仕事してベンチに戻る。そんなスタイルのベテラン選手が海外にはたくさん居るのを目の当たりにしました。

私がシャンソンに入った頃は、20代半ばで引退するのが普通の流れで、実業団に入って5年6年やれば十分、みたいな感じ。
先輩達もそのくらいで引退していて、そういう空気でしたが、アトランタオリンピックを経験して日本も年齢層を上げていこうとなって。
 
内藤 へぇ。なるほど。
 


岩屋 そうしたら監督が「おまえ達、彼氏を作ってもいいぞ!そして結婚して身を固めて選手を続けろ」みたいに急に言い出して(笑)。
 
内藤 急にそんなこと言われても(笑)。
 
岩屋 そうなんですよ。練習漬けだし、寮生活だし、出会いなんてないから(笑)。
でもそれがきっかけで、今では年齢層が上がっていて30代でも頑張っている選手も沢山いますからね。
 
内藤 岩屋さんは引退してすぐご結婚されたんですよね。
 
岩屋 引退を考え始めた頃に出会えた人が今の主人です。引退して一年後に結婚しました。
 
内藤 引退してからすぐはバスケットに関わろうとはしなかったんですか?
 
岩屋 高校時代からずっと親元を離れてたから、まず1年は両親のそばに居て、実家からお嫁に行こうと思って。
 
内藤 いい話ですねぇ。
 
岩屋 その頃から単発のバスケットクリニックのお手伝いはしてましたけど、子供が生まれてからはしばらく育児に専念して。
 
   体を動かすことが楽しい、気持ちいいっていうことを小さい内に体験しておくことは、
   生涯スポーツの感覚を目覚めさせるためにも、とても大切だと思います。


内藤 「ボールであそぼう」は、立ち上げと同時に関わっていらっしゃったんですか。
 
岩屋 同時ではありませんが、山梨大学の中村和彦先生が編まれた色々なプログラムを具体的な形にしていこうという動きの中でDVDを作ることになり、幼児体育のDVDならいま育児中の岩屋がいいんじゃないかってWJBLから推薦され、それがきっかけです。
 
内藤 「ボールであそぼう」のマイスター第1号ですよね、岩屋さんが。
 
岩屋 「ボールであそぼう」のDVDに出演した講師の中で、私がたまたま50音順で一番最初だったんです。
 
内藤 あ~(笑)。「イ」ワヤだから。それで第1号なんですか。
 
岩屋 旧姓だったらムラカミだから、4番目だったと思う(笑)。
それでその後、この内容が良いものなので広めていきましょう、アスリートのセカンドキャリアづくりのプラスにもなれば、ということでマイスター制度も出来ていったんです。
 
内藤 いまマイスター講座は年2回ありますよね。
 
岩屋 そうですね。
講習の内容もとてもいいものなので、もっと広めていきたいと思っています。
 
内藤 そうですよね。私も受講させていただいて、勉強になりました。
でも実際にやってみると、自分なりの工夫は必要ですよね。
 
岩屋 そう。基本はブレないけど、現場は規模も人数もそれぞれなので、自分でアレンジしていく必要があると思います。
 




今後は、小さいお子さんの親の世代の意識をもっと変えるような、
親子教室にも取り組みたいなと思っています。>>>